第50回記念 観音霊場巡拝

 11月11日(火)、綾部西国観音霊場の巡拝が行なわれました。
 当日は、時おり日がさす少し寒い日でしたが、総勢86名の皆さんと有意義な巡礼の日を過ごすことができました。
 綾部西国観音霊場会の歴史は、昭和59年、有志により何鹿郡(いかるがぐん)の霊場が再編されてから、今年で満25年を数えます。その間、途切れることなく春秋の巡拝が行なわれ、今回が記念すべき50回目の巡拝となりました。
 殺伐とした世であればなおさら、私たちは生かされていることに気付き感謝し、観音さまの慈悲のお姿に触れ、自己の生き方を考える必要があると思います。 
〈宝満寺で読経する参拝者〉
〈宝満寺で読経する参拝者〉

 私は、豊里(とよさと)、物部(ものべ)、志賀郷(しがさと)方面のBコースに添乗し、納経帳とおいずるのご朱印を担当させていただきました。
 上の写真は、西方(にしがた)の宝満寺さんでの読経の様子です。各寺院では、先達(せんだち)の和尚さんと共に般若心経、延命十句観音経、観音様の名号をお唱えします。

〈惣持院のリュウキュウアサガオとトランペット〉
〈惣持院のリュウキュウアサガオとトランペット〉

 各寺院では、湯茶の接待や境内のご案内をいただき、それぞれの寺院の歴史や篤い信仰のさまを感じることができました。
 惣持院さんでは、めずらしいリュウキュウアサガオとトランペットの花が私たちを出迎えてくれました。  

〈向田の観音堂〉
〈向田の観音堂〉

 向田の観音さんの正式名称は長福寺。昔から、その踊りが有名で多くの参拝者が訪れたお寺です。檀家の皆さまが温かく迎えてくださいました。
 
 詳しくは、宝住寺のホームページ「綾部西国観音霊場」をご参照ください。
 霊場巡拝を通じ、観音さまとの結縁成就(けちえんじょうじゅ)を祈念申し上げます。

カテゴリー: つれづれ日記 — 住職 10:12 AM  コメント (0)

山法師(やまぼうし)

 境内の木々が色づき始めました。中でも今年は、山法師の紅葉が見事です。

 山法師は、花水木(はなみずき)と同じミズキ科の木で、名の由来は春に咲く花の中央の丸い花穂を坊主頭に、4枚の白い花びらを白い頭巾に見立て、比叡山の「山法師」になぞらえたそうです。中国名は、「四照花」。枝いっぱいに花が咲いたとき、四方を照らす様子から命名されたとのこと。

 

 四方は照らせずとも、一隅(いちぐう)を照らすような人生を送りたいと思います。
 比叡山延暦寺の”一隅を照らす”と、山法師の別名・四照花からつれづれに記しました。

カテゴリー: つれづれ日記 — 住職 12:15 PM  コメント (0)

ダルマ忌・羅漢まつり

 11月2日、平成20年度のダルマ忌と羅漢まつりをお勤めし、多くの檀家さんがお参りくださいました。
 まずは本堂でのダルマ忌です。この日は旧暦の10月5日、今から約1500年前、インドから中国に禅を伝えられた達磨大師の、まさに命日でした。
 
須弥壇上の達磨大師像

須弥壇上の達磨大師像

 

達磨大師のご詠歌を奉詠

達磨大師のご詠歌を奉詠

 

 続いて大心字庭に移動。初めに、初転法輪[しょてんぽうりん]の印を結ぶお釈迦さまにご回向しました。その後、銘々に18羅漢さんを巡り、般若心経を唱えご供養しました。
 
初めにお釈迦さまに焼香します
初めにお釈迦さまに焼香します

 

羅漢さんを巡る皆さん
羅漢さんを巡る皆さん

 法要の後は皆で会食、話に花が咲きました。天候にも恵まれ、本当に有り難い一日でした。
 当日は、「綾部の文化財」事務局長の四方續夫さんが来山され、ダルマ忌・羅漢まつりのようすを「文化財日誌(ブログ)」に詳しく紹介して下さっています。こちらも是非ご覧ください。
   http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/545.html

カテゴリー: 宝住寺の出来事 — 住職 6:48 PM  コメント (0)

妙心寺参拝

 去る10月31日、妙心寺開山・無相大師[むそうだいし]の650年遠諱[おんき]前年に当り、京都両丹教区第3部主催の本山参拝が行なわれました。宝住寺からは9名が参加し、総勢は143名となりました。本山に到着後、最初に法堂[はっとう]の天井に画かれた龍図を拝観しました。
法堂へ移動する参拝団
法堂へ移動する参拝団

  次に、微妙殿[みみょうでん]でお釈迦様、開基・花園法皇、開山・無相大師にご回向し、続いて参加各家の先亡供養法要が行なわれました。その後、妙心寺派管長・雪香室老大師よりのお言葉、続いて布教師様のご法話を拝聴しました。
 昼食は黄檗宗の閑臥庵[かんがあん]へ移動し、中国風の精進料理・普茶料理[ふちゃりょうり]を美味しくいただきました。

微妙殿の参拝団
微妙殿の参拝団
食後は、建仁寺派の高台寺へ。本堂での読経に続き、豊臣秀吉の夫人・ねねの墓所等を拝観しました。
 
モチの木と臥龍廊
モチの木と臥龍廊
 おかげさまで、雨にも遭わず順調に行程を終えることが出来ました。
 いよいよ来年は開山さま650年遠諱の正当です。
 次回は、更に多くの方々と50年に一度の法要にお参りしたいと思います。
カテゴリー: 宝住寺の出来事 — 住職 11:08 PM  コメント (0)

いきいき羅漢クラブ #11

 10月26日の日曜日、第11回の「いきいき羅漢クラブ・写経の会」を行ないました。イス席希望の方も多くありましたので、全員がイスとテーブルでの写経となりました。

 写経はこの頃ブームになっています。その効用は、
   ①心を清浄[しょうじょう]にする。
   ②腦を活性化する。
   ③集中力・忍耐力をつける。
   ④字が上達する。
等と世間でいわれていますが、何より「心を落ち着ける」ことではないでしょうか。

 ところで、最近のテレビを視ていると、裸でドタバタする下品なバラエティー番組ばかりが横行しています。50年も前、大宅壮一氏が、テレビばかり見ていると人間の想像力や思考力を低下させてしまう、と批判されたことがいよいよ現実になってきたようです。

 この時代にあって、写経のように身体と心を一つに落ち着かせること、禅語では身心一如[しんじんいちにょ]といいますが、それが今ほど求められている時代はないと感じます。

 参加された皆さんは、馴れてきたこともあるのでしょう、一時間余りで全員写し終えました。最後に、各自で写した般若心経を、ゆっくり噛みしめるようにお唱えし閉会しました。
 心の平安を求める方、是非、一度ご参加ください。

カテゴリー: いきいき羅漢クラブ — 住職 10:38 AM  コメント (0)

身施 ~「無財の七施」から~

 先日、80名を超える檀家さんが境内の清掃奉仕をしてくださったことは、前回のブログに記しました。
 このように、身体を使った奉仕は身施[しんせ]といい、「無財の七施[むざいのしちせ]」という七つの善行・修行のひとつに挙げられています。
 無財というのは、「お金には代えられない尊い行ない」を意味します。「無償の奉仕」と言えば分かりやすいでしょうか。心がけや気持ちひとつで出来る善行と理解していただけばよいと思います。
 
 無財の七施とは、次の七つをいいます。
  ①身施(しんせ)
  ②心施(しんせ)
  ③眼施(げんせ)
  ④和顔施(わげんせ)
  ⑤言辞施(ごんじせ)
  ⑥床座施(しょうざせ)
  ⑦房舎施(ぼうしゃせ)
 
 身施は例えば、皆で使っている排水溝を共同で清掃することや、ボランティア活動に参加することがこれに当たります。
 
シュウメイギク

シュウメイギク

 ところで、私は毎朝のお勤め(朝課)の後、門前の国道27号線のゴミを拾っていますが、一番多いゴミはタバコの吸い殻、次に空き缶です。車の窓から吸い殻や空き缶を投げ捨てる行為、これはなかなか減りませんね。

 JTの公告に「あなたが気づけばマナーは変わる」というコピーがありますが、もっともな事だと思います。
 歩行者も自動車も利用する道路です。たとえボランティアに参加出来なくとも、”ポイ捨てはしない”というマナー・ルールは守りたいものです。

カテゴリー: 禅語あれこれ — 住職 2:55 PM  コメント (0)

清掃奉仕

 濃霧注意報が出た10月19日早朝、宝樹会30余名と女性部50名、総勢80余名による合同清掃奉仕が行なわれました。
 宝樹会と女性部には、毎年数回のご奉仕をいただいていますが、今回は11月2日のダルマ忌・羅漢まつり、また11日の綾部西国観音霊場巡拝をひかえてのご奉仕です。
本堂前で剪定する宝樹会の皆さん
本堂前で剪定する宝樹会の皆さん
大心字庭を清掃する宝樹会・女性部の皆さん
大心字庭を清掃する宝樹会・女性部の皆さん

 おかげさまで、境内が清々しくなりました。
 大勢のご来山をお待ちしています。

カテゴリー: 宝住寺の出来事 — 住職 8:02 PM  コメント (0)

放られたところで起きる小法師かな

 先日、ある研修会で出合ったすばらしい言葉です。
 放[ほう]るは投げること、小法師[こぼし]は起き上がり小法師で、七転び八起きのあのダルマさんのことです。
 「投げられた…」と言う場合もありますが、私は、山田無文老師の表記を使わせていただきます。

ダルマは達磨大師

 ダルマの底には重りがあるため、どんなに倒しても自然に起き上がります。中国では倒れても倒れても起き上がるその姿から、不倒翁[ふとうおう]という名のおもちゃとして親しまれているそうです。
 臨済宗を中興した江戸時代の白隠[はくいん]さんは、禅宗の初祖である達磨大師[だるまだいし]を起き上がり小法師にたとえられたので、ダルマは禅宗の象徴として世に知られることになりました。

みんなちがって、みんないい

 さて、私たちは、どこで生れどこで学び、どこで働きどこに住み、どんな人と縁を結ぶか、その環境や境遇は一人ひとりみんな異なります。
 「となりの芝生は青く見える」という言葉がありますね。人をうらやむことですが、人をうらやんでばかりの人生は何となく寂しい気がします。
 みんな違う環境にいても、世界にただ一人の存在に変わりはありません。あなたも私も同じ、「大切ないのち」を生きています。みんな違っていて、みんな大切なのですから、他との比較に何の意味があるでしょう。

もいちど転んで、また起きる

 禅には、「随処[ずいしょ]に主[しゅ]と作[な]れば、立処[りっしょ]皆[みな]真[しん]なり」という言葉があります。(随処作主、立処皆真)。
 どこに居[い]ようとも、周りに振り回されず、主人公としての主体性を自覚してゆくならば、その時その場に真実を見い出すことができる、という意味です。
 主体性を持って何事も精一杯に励むこと、とも言えるでしょう。但し、マイペースを忘れないでくださいね。
 人生、いろいろと挫[くじ]けることも多いですが、また起き上がればいいのです。ダルマさんのように「もいちど転んで、また起きる」でいきましょう。

カテゴリー: 禅語あれこれ — 住職 10:06 PM  コメント (0)

第10回・いきいき羅漢クラブ

 13日の午前7時から9時まで、第10回目の「いきいき羅漢クラブ」を行ないました。
 このクラブは、特に入会の条件も入会金もなく、興味のある会にご参加いただくという自由なシステムのクラブです。
 今回は、「座禅・講話・朝がゆの会」として行ない、講話のテーマは「開経偈[かいきょうげ]」というお経にしました。これは、お経を読む心得を示した聖句[しょうく]で、読経の初めにお唱えするものです。意訳した内容を下に記します。

  開経偈
   無上甚深微妙法 (この上もなく深き妙なる法[のり]は)
   百千万劫難遭遇 (永遠[とわ]を経るとも逢いがたし)
   我今見聞得受持 (我れ今聞き得て心に持[たも]てり)
   願解如来真実義 (願わくはみ仏の教えをさとらんことを)

野ぼたん
野ぼたん

百千万劫 [ひゃくせんまんごう]

 「劫[ごう]」というのは非常に長い時間の単位です。劫を説明するのには、いろいろのたとえ話があります。
 その一つが、「芥子劫[けしごう]」という話です。一由旬[いちゆじゅん]四方の立方体(城)といいますから、現在の14.4km四方の立方体となりますが、その立方体にあの小さな小さな芥子粒[けしつぶ]を満たし、百年に一度、ひと粒づつ取り出して、そのすべての芥子粒が無くなっても終わらないほどの時間を「一劫[いちごう]」といいます。
 その一劫が百千万集まった時間を、ここでは「百千万劫[ひゃくせんまんごう]」と言い、気の遠くなるほどの永遠の時間として表現しています。

仏法聞き難し [ぶっぽうききがたし]

 私たちは、自分の意思でこの時代のこの場所に、男性あるいは女性として存在することを選んで生れてきたのでしょうか?。そんな人は誰もいないでしょう。そもそも、人として今ここにいることが奇跡的なことなのです。
 そうだとすれば、人として生れ有り、仏教という教えに出逢うこと、これも奇跡的なことなのです。ですから、「永遠を経るとも逢いがたし」と言い、「仏法聞き難し」とも言われるのです。
 現代の日本は、ナゼか殺伐[さつばつ]としています。物質的に豊かになったのと反対に、心は荒[すさ]んできたように感じます。殺伐とした時代だからこそ、私たちは心の安らぎ(=安心[あんじん])を持ちたいものです。

 次回の「いきいき羅漢クラブ」は、羅漢山宝住寺のトップページでご案内しますので、どうぞチェックしてみてください。
 一期一会[いちごいちえ]の心でお待ちしています。

カテゴリー: いきいき羅漢クラブ — 住職 5:34 PM  コメント (0)

秋祭り

 キンモクセイの薫る10月12日、五穀の豊穣に感謝して秋祭りが行なわれました。宝住寺のある味方町には、笠原神社と斎[いつき]神社の二社があり、笠原神社の神輿[みこし]が町を練り歩きます。
 今年は旧町区と周辺地区の祭礼日が重なり、綾部市全体で秋祭りが行なわれることになったとか。何と賑やかで晴れがましいことでしょう。
 私も小学生の頃、「幟持[はたもち]」として参加したものです。「エーイサーア チョーイサー」と声を出しながら、神輿の露払いをするのです。高学年は錦の幟を持てるので、競って大きな幟を選んだことを思い出します。

笠原神社のお神輿
宝住寺前を通過する笠原神社のお神輿

神仏習合[しんぶつしゅうごう]

 明治の維新まで、日本には神仏習合という神仏融和の永い伝統がありました。ですから、神社のご神体が仏像であることも珍しくはありませんでした。それが、明治政府の方針で神仏分離の号令のもと、廃仏毀釈[はいぶつきしゃく]が行なわれたのです。仏教受難の出来事でした。
 私は、父の代から秋祭りのお神輿に「献酒」としてお供えさせていただくことにしています。寺も鎮守さまも、同じくこの町の人々の拠り所なのですから、お互い尊敬するべきとの思いからです。
 高齢化の波で神輿の担ぎ手がなく困っているという話も聞く昨今、味方町は団地が出来たおかげさまで若い世代が増えています。本当に有り難いことです。
 この祭りが、いつまでも受け継がれてゆくことを念願しています。

「はたもち」の子供たち
「はたもち」の子供たち
カテゴリー: つれづれ日記 — 住職 11:14 AM  コメント (0)