サケのその後
前回のブログ以後、2日ほどで全ての卵がふ化しました。
下は、その後120度を加算し、積算温度620度ほどのサケのようすです。
白魚のように透き通った体は、少し黒くなり長さも2センチに成長しました。
おなかの「さいのう」は細長くなりましたが、まだまだエサは食べられません。
頭を石の中に入れ、時々バランスのとれない泳ぎを披露してくれます。
前回のブログ以後、2日ほどで全ての卵がふ化しました。
下は、その後120度を加算し、積算温度620度ほどのサケのようすです。
白魚のように透き通った体は、少し黒くなり長さも2センチに成長しました。
おなかの「さいのう」は細長くなりましたが、まだまだエサは食べられません。
頭を石の中に入れ、時々バランスのとれない泳ぎを披露してくれます。
積算温度355度で、1月7日に預かったサケの受精卵100個は、一日平均11度の水温を順調に加算し、およそ500度でふ化が始まりました。
下の写真は、丸い卵から尾っぽだけ出したサケの赤ちゃんと、これからふ化を迎える30個程の卵です。
ふ化したサケは、お腹にさいのう(臍嚢)を付けています。仔魚は、自分でエサを取れるまでの間、このさいのうの中の卵黄から栄養を吸収し成長します。
オレンジ色のさいのうの付いた仔魚が見えるでしょうか? この画面だけで20匹ほどの赤ちゃんがいます。
はっきりと目玉の見える子もいますね。
由良川にサケよ帰れ!
綾部では何年も前から、サケの稚魚を由良川に放流し、サケの住めるきれいな由良川をつくろうという活動が行われています。
昨年からは、サケの卵を有志が自宅で「ふ化」させる事業が行われています。
綾部ロータリークラブではこの事業に参加していますが、私も初めて卵を預かることにしました。
1月7日、中丹農業改良普及センターで、100粒ほどの受精卵を受け取りました。
水温10度が卵に適した温度とのこと。上のパッケージにあるように、受精卵は積算温度が約355度。1ヶ月あまり成長した卵ということになります。
パッケージの中には、水を含んだガーゼに包まれた卵がありました。
ひとつひとつの卵の中には、黒い点が見えます。命が宿っていることを実感しました。
卵を入れたカゴが浮き上がらないように、石の重しを入れました。
ふ化するには、あと130度ほどの積算温度が必要だそうです。2週間を無事のりこえられますように(祈)。
サケの成長日記、乞うご期待。
11月27日は、宝住寺女性部の移動総会でした。
今年で、創立20周年を迎える女性部は、現在109名の会員で構成されています。
男性の有志で結成された宝樹会と共に、境内の清掃奉仕や法要のお手伝いをしていただき、本当に心強い会です。
今回の移動総会は、~長浜・良畴寺と「江」の里を訪ねて~と銘打ち、大河ドラマの「江」にちなみ、滋賀県の長浜と、先代の義海和尚に縁のある良畴寺(りょうちゅうじ)を訪ねる研修の旅となりました。
下の写真は、湖北にある道の駅に保存されていた「丸子船」です。江戸時代、琵琶湖の水運を担っていた船だそうで、丸太を二つに割り船の左右に取り付けたところから、丸子船と名付けられたと云います。
主に米の輸送に使われ、約13トン、米俵にして220俵も積めたそうです。
左舷に取り付けられた丸太が見えるでしょうか?
さて、最初に訪ねたのは、江の生れた小谷城に山麓にある「江のふるさと館」です。係の方が、小谷城にジオラマの前で詳しく説明してくださいました。
次に、「江のドラマ館」へ行きました。大河ドラマで使用された衣裳や小道具が展示されていました。
ここで、記念撮影をしたのですが、普通に1・2の3でシャッターを切るのではなく、「ちゃちゃ、はつ、ごう!」で、パチリ。
ちょっと、クセになりました (; ̄ー ̄A
昼食は、ホテルグラチエでフランス料理をいただきました。
おいしい料理が、何よりの楽しみ。一時間以上かけて、近江牛などをゆっくりいただきました。
写真を撮り忘れたのに気付いたのは、最後のデザートの時。
シャーベットとケーキに、皆さん大満足でした。
食後は、長浜大仏で知られる良畴寺を訪ねました。
下の写真は、昭和12年に建立された初代の大仏、護国阿弥陀如来です。コンクリート製で、ずいぶん特徴がありますね。
この大仏の建立を発願(ほつがん)した頃に、お寺近くの琵琶湖の畔に打ち上げられたが下の写真の仏像の頭です。
大仏建立の何か因縁を感じますね。
現在の大仏は、昭和66年に多くの人々の浄財で再建されたものです。この時、長浜大仏と改名され、琵琶湖と人々を見守ってくださる仏さまとなったそうです。
大仏の大きさがわかってもらえますか?
良畴寺に住職され、後に京都の法輪寺へ転住された伊山義豊和尚(いざんぎほうおしょう)が父の師匠で、私にとっては法の上の祖父にあたります。
伊山和尚の三人の弟子は、すべて「義」と「豊」の字を授けられています。
大義豊昌和尚 (京都・法輪寺先住職)
義海豊潤和尚 (宝住寺先住職)
豊山義光和尚 (綾部・心田院先々住職)
伊山和尚は、良畴寺のお檀家さんのおかげで京都大学まで進学させて頂いたそうです。そのご恩を忘れないように、良畴寺の東に見える伊吹山から「伊山」、師匠のお名前から「義」、近くの長浜城に隣接する豊公園(ほうこうえん)からでしょうか、「豊」の字を頂いておられます。
私は義方(ぎほう)という僧名です。「ぎほう」は祖父と同じ音になりますから、「豊」の字を遠慮して「方」としましたが、伊山義豊和尚の名前からも良畴寺との縁を感じさせられました。
温かくお迎えいただいた良畴寺ご住職と奥様に、心より御礼申し上げます。
研修の最後に、黒壁商店街に行きました。
写真は、アーケードに掲げられた子供歌舞伎の看板です。
町おこしに成功した町として、多くの観光客でにぎわっていました。
帰りの国道303号線で、直前におきた交通事故の渋滞に巻き込まれ帰綾が少し遅れましたが、重大事故ではなかったことに皆で安堵しました。
久しぶりの移動総会でしたが、内容の濃い充実した旅行になりました。
次回、多くのご参加お待ちしています。
11月2日、第56回の綾部観音霊場巡拝が行われました。
Aコースの1番目、宝住寺には8時20分頃にお越しになりました。
この日に備え、宝住寺では女性部・宝樹会に皆さんが、兼務の心田院では、当番の井倉2組、総代さんにより、境内を清掃してお待ちしておりました。
観音堂での読経です。皆さん一心に般若心経をお唱えになりました。
読経の最中、添乗員さんと宝住寺の総代さんで、ご朱印帳やおいずるにハンコを押す作業が行われます。
馴れた手つきで、粛々とハンコが押されてゆきました。
読経の後は、総代さんに境内を案内していただきました。
きゅうり封じの薬師さん、石の牛、牛天神さんもご案内いただきました。
御一行のお見送りです。
どうぞ、意義深い巡拝をしていただきますよう。
心田院は、最終の13番目の到着でした。
総代さん方が待ち受けてくださいましたが、とても急いでおられたとのこと。十分に休憩していただけたらよかったのに…。
晴天の10月26日、中丹文化会館で綾部観音霊場会主催のご詠歌大会が開催されました。
28回を数える今回は、15ヶ寺の参加がありました。
心田院、宝住寺も登壇し、各寺の霊場ご和讃を奉詠しました。
一週間前は、本山で奉詠したばかり。ご詠歌三昧の秋です。
午後は、綾部市仏教会の主催で、「東日本大震災の慰霊と心に安らぎを求めて」と題して、桂米朝一門の桂米平(かつらよねへい)さん等が「天狗裁き」などの演目を披露してくださいました。
10月18日~20日まで、花園流ご詠歌の本山大会が開催されました。
私は、無相教会の代表委員として、17日から四日間本山に出仕しました。
宝住寺、心田院の会員さんも、すばらしい奉詠ができましたよ(^o^)
全国から、4千数百名の会員さんが集まり、日頃の練習の成果を発表されました。今大会は、東日本大震災の追悼法要も合せてお勤めし、詠鑑の作詞されたご詠歌を奉詠しました。
「東日本大震災追善御和讃」
1、春なお遠きみちのくの
弥生(やよい)十一地震(なえ)襲う
大地は揺れて大津波
声にもならぬ叫びなり
2、無辜(むこ)の人々押し潰し
家もろともに黒浪(なみ)に消ゆ
草生(くさむす)御霊(みたま)水漬(みず)く人
悲しみに耐えただ祈る
3、残りしひとの心中(こころぬち)
思えば今こそひたすらに
詠歌和讃の功徳力
皆々信じて唱えよや
「同詠歌」
伝えなん 我等の祈り 鈴にのせ
山より高く 海より深く
写真は、教区の青年僧の会で登壇奉詠したメンバーです。
9月25日、恒例のお月見プチコンサートを開催しました。
今回で10回目を数えます。今までとは少し趣向を変えて、合唱とマジックショーという組み合わせとしました。
第1部にご出演頂いたのは、大阪音楽大学のOGの皆さまで結成された幸楽会(こうがくかい)の中丹支部8名の皆さんです。
また、第2部には大江町の長橋寺ご住職、越後義昭師にマジックショーを見せていただきました。
なお、「綾部の文化財日誌」にコンサートの動画が投稿されていますので、合せてご覧ください。
アドレスは、
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1115.html
四方繼夫さんにお世話になりました。御礼申し上げます。
幸楽会の皆さんといっしょに、「ふるさと」を合唱しました。
今年も多くのご来山、ありがとうございました。
塩見さんの伴奏による近藤さんと松下さんの二重唱です。「アメイジングクレース」などを聴かせてただき、近藤さんには、「通りゃんせ」や「紅葉」などの独唱も披露していただきました。
ピアノ独奏は上川さんです。「見上げてごらん夜の星を」などを演奏していただきました。
ピアノ連弾は前田さんと岡井さんです。ゲゲゲの女房の主題歌「ありがとう」など、聞き覚えのある楽しい曲を演奏していただきました。
第2部は、マジックショーです。京都両丹教区の第3部でご一緒の長橋寺さんに、楽しいショーを見せていただきました。
私は、写真の左下に写るギロチン台で、もう少しで左手を切られるかと、ヒヤヒヤ体験をさせていただきました。
(^-^;△フキフキ
会場では、四方國裕さんの写真展も同時に開催させていただきました。フクロウなど、望遠レンズでシャッターチャンスの難しい多くの作品を拝見しました。ありがとうございました。
当日、東日本大震災の義援金もご喜捨いただきました。まとめて本山を通して送金させていただきます。重ねて御礼申し上げます。
さて、来年はどんな内容にしましょうか? 早くも悩みが始まりました。
秋彼岸の22日、新たに境内に遷宮した牛天神の入魂式を行いました。
このほこらは、元は味方町の紫水ケ丘の山中に祀られていたものです。
この辺りの農家では、昭和の20年代まで農耕用として多くの牛が飼育されていました。その牛の寿命が尽きたとき、牛塚に葬り、ほこらを建て手厚く供養してきたといいます。
今回、紫水ケ丘公園が整備されることになり、牛塚のほこらも移転を迫られました。
自治会の役員さんから、「十牛図」をはじめ、牛のコレクション千体を所蔵する当寺に移転先としての打診があり、その意向を汲み快諾させて頂いたといういきさつです。
牛は、京都の北野天満宮にも見られるように、学問の神、菅原道真公の使いとされ、必ず臥牛の像が祀られています。
この史実に因み、牛塚のほこらを「牛天神」と命名し、お祀りすることになりました。
下は、牛塚のほこらが建てられていた大池の辺りです。
ほこらの木は朽ち、ずいぶん傷んでいました。
ほこらを遷宮する台座です。
遷宮入魂の準備ができました。
自治会役員さん、宝住寺の総代さんと共に式を勤めました。
お供えの御神酒でほこらを清めます。
牛天神は、寺の前を走る国道27号線に面した境内に祀られ、往来を見守る「馬頭観世音」の石碑とともに、学業の成就と万民の和楽を祈る神として、末永く宝住寺に安置されます。