13日の午前7時から9時まで、第10回目の「いきいき羅漢クラブ」を行ないました。
このクラブは、特に入会の条件も入会金もなく、興味のある会にご参加いただくという自由なシステムのクラブです。
今回は、「座禅・講話・朝がゆの会」として行ない、講話のテーマは「開経偈[かいきょうげ]」というお経にしました。これは、お経を読む心得を示した聖句[しょうく]で、読経の初めにお唱えするものです。意訳した内容を下に記します。
開経偈
無上甚深微妙法 (この上もなく深き妙なる法[のり]は)
百千万劫難遭遇 (永遠[とわ]を経るとも逢いがたし)
我今見聞得受持 (我れ今聞き得て心に持[たも]てり)
願解如来真実義 (願わくはみ仏の教えをさとらんことを)

- 野ぼたん
百千万劫 [ひゃくせんまんごう]
「劫[ごう]」というのは非常に長い時間の単位です。劫を説明するのには、いろいろのたとえ話があります。
その一つが、「芥子劫[けしごう]」という話です。一由旬[いちゆじゅん]四方の立方体(城)といいますから、現在の14.4km四方の立方体となりますが、その立方体にあの小さな小さな芥子粒[けしつぶ]を満たし、百年に一度、ひと粒づつ取り出して、そのすべての芥子粒が無くなっても終わらないほどの時間を「一劫[いちごう]」といいます。
その一劫が百千万集まった時間を、ここでは「百千万劫[ひゃくせんまんごう]」と言い、気の遠くなるほどの永遠の時間として表現しています。
仏法聞き難し [ぶっぽうききがたし]
私たちは、自分の意思でこの時代のこの場所に、男性あるいは女性として存在することを選んで生れてきたのでしょうか?。そんな人は誰もいないでしょう。そもそも、人として今ここにいることが奇跡的なことなのです。
そうだとすれば、人として生れ有り、仏教という教えに出逢うこと、これも奇跡的なことなのです。ですから、「永遠を経るとも逢いがたし」と言い、「仏法聞き難し」とも言われるのです。
現代の日本は、ナゼか殺伐[さつばつ]としています。物質的に豊かになったのと反対に、心は荒[すさ]んできたように感じます。殺伐とした時代だからこそ、私たちは心の安らぎ(=安心[あんじん])を持ちたいものです。
次回の「いきいき羅漢クラブ」は、羅漢山宝住寺のトップページでご案内しますので、どうぞチェックしてみてください。
一期一会[いちごいちえ]の心でお待ちしています。